ゼロの愛人

その報告を聞いた時、一瞬目の前が真っ暗になった。

「ゼロに、愛人が？」

蓬莱島から報告をしてきた部下は、はい、と返事を返した。

「それも二人、一人は緑の長い髪の女性か。こちらは恐らくC.C.だろう。・・・もう一人が黒髪に紫の瞳の若者、と言うのはまちがいないのか？」
『間違いありません。ただの団員という関係ではなく、ゼロは人目をはばかることなく、その青年に接しているとか』

それも、色を感じるような艶めかしい接し方だということです。
その報告に、胸の奥底にある、見ないようにと努めていた何かがうごめきだした。ユーフェミアを殺されたあの時、心の奥底に閉じ込めたそれが、じわりじわりと体を侵食していく。どす黒い感情が湧き出し、感情を揺さぶってくるが、どうにかそれらの感情を押し殺して会話を続けた。

「・・・所詮は噂話。どれほど尾ひれが付いているかは解らないが、ゼロの愛人であるなら、弱点になりうる。その青年の事を重点的に調査するように」
『イエス・マイロード』

だが、その後上がってくる報告もまた、ゼロがクロと呼ばれている美しいブリタニア人の青年に過剰なほどのスキンシップをしているという物ばかりで、隠し撮りされた写真には、ゼロと、間違いなくルルーシュが映っており、ゼロは片手でそのルルーシュの腰を掻き抱き、もう片方の手をルルーシュの頬に添えているという物だった。真正面から抱きしめられた形のルルーシュは、恥ずかしさから顔を赤く染め、その腕から逃れようとしているが、咎めるまなざしではあっても、嫌悪は一切宿っていなかった。
黒の騎士団の者が使用している食堂での出来事のため、周りには多くの客がおり、皆がその光景に目を向けている・・・。
ぶちりと何かが切れる音が聞こえ、それと同時に写真を握りつぶしていた。

視線だけで人を殺せるなら、この男の眼差しはここにいる者達を殺していただろう。
鋭く眇められた瞳からは、心臓を鷲掴みにされるような殺意がほとばしり、音もなくゆっくりと運ばれる足からは、死を告げる死神の鳴らす靴音が聞こえる気がした。
ラウンズの騎士服ではなく、ラフな服装でそこにいるというのに、その姿はまさにブリタニアの白き死神に相応しいほどの死の空気を纏っていた。
ルルーシュの四肢を押さえていた下位構成員は、腰を抜かして声にならない悲鳴とともに這う様に後退し、南と扇はスザクが一歩足を踏み出す度に一歩下がった。
力の差が測れないのか、あるいは意地からなのか、玉城だけはそこを動かず、憎々しげに顔を歪めてスザクを見据えていた。

「てめえ！ここが蓬莱島だって解ってんのかよ！俺たち黒の騎士団の本拠地だぞ！！俺が連絡を入れればな、お前なんかすぐにつかまって、日本を捨てた裏切り者として処刑されるんだからな！」

違うな玉城。
まずは捕虜とするか、情報を吐かせるために拷問するかを選ぶ。処刑などもっての外。もし行えば、非人道的な行いをしたと黒の騎士団の名は地に落ちる。そんな事も解らない馬鹿だったのか。
秘密裏にここに来たのなら拷問か自白剤を使うだろうが、ここにいる事を誰かに知られていた時点でそれを使う事は出来ない。
正義を名乗る黒の騎士団が、例えブリタニアの騎士相手にでも非人道的な事は出来ないからだ。
だから捕虜にすることになる。
ブリタニアでは、騎士だろうが皇族だろうが捕虜になった時点で弱者。交渉の材料にはならないが、ブリタニアの騎士を捕えたとなればこちらの士気は上がる。
利用価値など、それぐらいしかないだろう。
これがブラックリベリオンの前・・・行政特区の式典前ならば、スザクを引きこむための絶好のチャンスではあったが、今は意味もない。
スザクはこちら側には来ないから。
ユーフェミアの仇であるゼロの元に来る事はない。

いや、今考えるべきはそんな事ではない。
なぜスザクが、ここに？
・・・俺の記憶が戻った事に気付き、殺しに来たか。
ゼロの記憶が戻ったら俺とナナリーを殺すよう命じられていることぐらい知っている。
そこまであいつの言いなりになるのか。
その地位のために、俺たちを切り捨てるか、スザク。
傍観者の自分が、淡々と思考を重ねている間に、スザクとの距離は縮まった。
後数歩で玉城と接するだけの距離に近づいたスザクの冷たい表情を、これ以上見たくはないと、顔を背けた。
あのキラキラとした翡翠を憎しみに彩らせたのは俺だ。
明るかった笑顔に影を差し、本当の笑顔を奪ったのも、更なる茨の道へ進ませたのも、全て。

「言いたい事は、それだけか？」

感情のこもらない冷たく低い声が響いた。
ざわりと、全身に鳥肌が立ち、嫌な汗が流れる。

「はぁ？お前解ってんのか俺の言った意味が！」
「他にはなさそうだね」

玉城の声を無視した発言の後、風の鳴る音と、どさりと音を立て、重い物が遠くに落ちるた。音の方へ視線を向けると。

「・・・玉城？」

ここから10メートルは離れているだろう床に、玉城が倒れていた。
その体はピクリとも動かない。
また、びゅんと言う音が聞こえ、重い音が響く。
そちらを見ると、扇。
連続して響いた音の先には、南達。
茫然とその姿を目で追っていると、肩を掴まれがくがくと揺さぶられた。

「ルルーシュ？ルルーシュってば、大丈夫！？」

ああ、俺が呼ばれているのか。
そう思い、のろのろと視線を前へ向けると、今にも泣き出しそうな顔のスザクがそこにいた。先ほどとは別人のような表情に、思わず息を飲み体が強張った。

「ルルーシュ？僕だよ、スザクだ。わかる？ねえ！？」

がくがくと肩を揺すられ、その結果当然脳が揺すぶられて、気持ちが悪い。
そんなに揺すらなくてもちゃんと解っているのに、と、いまだ傍観者の思考だけが動いていた。いや、心を守るために傍観者以外はマヒしたままなのだ。
この状況、どう見てもスザクが扇たちを蹴り飛ばしたのだろう。
それも、目にも止まらに早さというやつで。
そして、今は俺を心配しているのか、今にも泣きそうな顔で声をかけて来ている。
ゼロである俺を殺しに来たのではなく、俺を助けに来たのか？
そこまで思考がめぐり、ようやく傍観者以外も目を覚ます。

「・・・スザク」
「うん、僕だよ。良かったルルーシュ、良かった」

名前を呼ぶと、泣きそうだった顔に笑みを乗せ、スザクはルルーシュを抱きしめた。あまりにも強く抱きしめられ一瞬息を詰まらせると、それに気付いたのか「ごめんね」と力を緩めてくれた。そして、ルルーシュの肩口に額を乗せる。
ジワリと濡れた感覚が広がり、抱きしめてくる男の肩が震えている事で、泣いているのか？と、その背に腕を回し、慰めるように背中を撫でた。

「・・・お前、どうしてここが？」

人気のない場所に呼び出され、捕えられ、車に乗せられた。
ここにいることなど、解るはずがないと尋ねれば、泣いていた男は「う・・・えーと、ね・・・」と、言葉を詰まらせた。